花見と秀吉
日本の春の風物詩である「花見」。いまでは誰もが楽しむ行事ですが、そのスタイルを現代に近い「華やかな宴会」へと変えたのは、現在、某大河ドラマでおなじみの戦国時代の天下人、豊臣秀吉であることをご存知ですか?今月はこのお花見のルーツと豊臣秀吉との関わりについておはなしします。

花見と三色団子のルーツ
お花見の起源は古く、奈良時代には中国から伝来した梅を鑑賞する文化が貴族の間で行われていました。貴族が和歌を詠む雅な行事や、農民が豊作を祈願する宗教的な儀式として行われていたお花見は、平安時代に入ると、遣唐使の廃止をきっかけに、桜を愛でる文化へと移り変わり、「花」と言えば桜を指すようになりました。
その後、時を経て秀吉は京都の醍醐寺で、約1,300人を招いた史上最大規模の「醍醐の花見」を催します。この宴のために、全国から700本もの桜を植えて、招待客に豪華な茶菓子を振る舞いました。その際、秀吉が考案し、提供したとされるのが花見団子として食べられる「三色団子」の由来だとか。

三色団子の意味
三色団子には色に込められた意味があります。ピンクは春の象徴、桜のつぼみ。白は冬の残、あるいは雪、または桜の花。緑は初夏、芽吹く新緑、または葉桜という四季の移ろいを意味するそうです。この三色団子を食べ「冬が去り、春が来、夏へと向かう」という季節の巡りを祝いました。秋がないのは「飽き(あき)がこない」という洒落だという説あります。秀吉が演出した花見は、江戸時代に庶民へと広がり、いまの文化として定着しました。一本の団子には、天下人が愛した春の喜びが凝縮されているのです。そんな秀吉を思いながらお花見に三色団子、みなさんもいかがですか?(おはなし:一瀬 美絵)



